カミジャーという人は妻子も求めず、力では評判だったらしい。昔は大きな茅葺きの役所の家があったさ。僕達そこで三年間勉強したよ。その役所の前に、屋号がアマムチャーと言う今兼松という屋敷があるんだけど、その家に蔵の番人として名前がカミジャーという大変な大力者が住んでいたらしい。だから、そこの役所の役人がね、沖縄に王様のお米を送る前に、カミジャーの力を試そうと思ってカミジャーを呼んでから、「カミジャー、あんたこの俵(たーら)はどのくらい担げるか。もし、あんたの欲しい程を担いでごらん、担いだ分はあんたにあげるよ。」と言ったらしいよ。そうしたらね、カミジャーは、「だから担ぐ分は自分は貰えますか。」と聞いたら、「いいですよ。」と役人が言うたらしい。カミジャーは、普通の棒では少ししか担げないから、「あの天馬船(てんません)の竿を持ってきたら担いで見せますよ。」と言うから、昔の天馬船(てんません)の帆柱の竿を借りてきて本人にやったら、俵は六十キロくらいじゃないかな。その俵をこっちに四つこっちにも四つロープでくくってね、それを担いで家に帰ろうとしたらしいよ。役人は驚いて、「力試ししようと思ったら本当に担いで行くんだな。」と言うて、普通なら頭を下げない役人がカミジャーに頭を下げて、「あんたの力試ししたんだ。すまんけれどもこれは僕のかってな行為であるから許しておくれ。」と頭下げてわびたらしよ。それでますますその力は評判になったから、桃林寺ってお寺から、「彫刻家を呼んで仁王仏のモデルにカミジャーをしたい。」とこの時の役人が頼んだので、カミジャーも役人の言うこともいやと言えずに、毎日このモデルとなってね、今日はこんなにやり、明日はこんなにやりと筋肉を出させて作ったのが今の桃林寺にある仁王仏ですよ。大変力の籠もった筋肉の仁王仏が二つあるんですよ。これが何カ月で作ったわからんが、それでそれをきっかけに病気してね、ちょうど私が三年生の時に亡くなったんですよな。昔は埋葬だからね、三回忌になったらみなこの洗骨して骨甕に入れたですよ。私もそのときに、うちの白金の家は兼松の家の最初の分家だから、親の後を追って見に行ったんですが、一つだけ骨が長く突き出て蓋ができなくなっている脛の骨があったんですよ。「何でこの人の足の骨は長いか。」と聞いたら、「これがカミジャーの骨だ。」と祖父ちゃん、祖母ちゃんに言われたですよね。
| レコード番号 | 47O341260 |
|---|---|
| CD番号 | 47O34C097 |
| 決定題名 | 大力者 カミジャー(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 東白金廣一 |
| 話者名かな | ひがししろかねこういち |
| 生年月日 | 19170320 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県石垣市字平得 |
| 記録日 | 19980314 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 石垣市平得 T76 A03 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | カミジャー,評判,茅葺き,役所の家,アマムチャー,今兼松,屋敷,蔵の番人,大力者が,沖縄,王様,お米,天馬船,帆柱,俵,力試し,桃林寺,仁王仏のモデル,洗骨,骨甕,カミジャーの骨 |
| 梗概(こうがい) | カミジャーという人は妻子も求めず、力では評判だったらしい。昔は大きな茅葺きの役所の家があったさ。僕達そこで三年間勉強したよ。その役所の前に、屋号がアマムチャーと言う今兼松という屋敷があるんだけど、その家に蔵の番人として名前がカミジャーという大変な大力者が住んでいたらしい。だから、そこの役所の役人がね、沖縄に王様のお米を送る前に、カミジャーの力を試そうと思ってカミジャーを呼んでから、「カミジャー、あんたこの俵(たーら)はどのくらい担げるか。もし、あんたの欲しい程を担いでごらん、担いだ分はあんたにあげるよ。」と言ったらしいよ。そうしたらね、カミジャーは、「だから担ぐ分は自分は貰えますか。」と聞いたら、「いいですよ。」と役人が言うたらしい。カミジャーは、普通の棒では少ししか担げないから、「あの天馬船(てんません)の竿を持ってきたら担いで見せますよ。」と言うから、昔の天馬船(てんません)の帆柱の竿を借りてきて本人にやったら、俵は六十キロくらいじゃないかな。その俵をこっちに四つこっちにも四つロープでくくってね、それを担いで家に帰ろうとしたらしいよ。役人は驚いて、「力試ししようと思ったら本当に担いで行くんだな。」と言うて、普通なら頭を下げない役人がカミジャーに頭を下げて、「あんたの力試ししたんだ。すまんけれどもこれは僕のかってな行為であるから許しておくれ。」と頭下げてわびたらしよ。それでますますその力は評判になったから、桃林寺ってお寺から、「彫刻家を呼んで仁王仏のモデルにカミジャーをしたい。」とこの時の役人が頼んだので、カミジャーも役人の言うこともいやと言えずに、毎日このモデルとなってね、今日はこんなにやり、明日はこんなにやりと筋肉を出させて作ったのが今の桃林寺にある仁王仏ですよ。大変力の籠もった筋肉の仁王仏が二つあるんですよ。これが何カ月で作ったわからんが、それでそれをきっかけに病気してね、ちょうど私が三年生の時に亡くなったんですよな。昔は埋葬だからね、三回忌になったらみなこの洗骨して骨甕に入れたですよ。私もそのときに、うちの白金の家は兼松の家の最初の分家だから、親の後を追って見に行ったんですが、一つだけ骨が長く突き出て蓋ができなくなっている脛の骨があったんですよ。「何でこの人の足の骨は長いか。」と聞いたら、「これがカミジャーの骨だ。」と祖父ちゃん、祖母ちゃんに言われたですよね。 |
| 全体の記録時間数 | 6:39 |
| 物語の時間数 | 6:03 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |