大阿母御嶽(共通語)

概要

大阿母御嶽、池城御嶽、宇部御嶽、多田御嶽の四つの御嶽が平得の主な御嶽で、昔は、結願祭のときなどは村から供物を出して祀っていた。この四つの御願のうちで、本当の神様を祀っているのは池城御嶽ひとつである。多田御嶽とホールザーオン(大阿母御嶽)に祀られているのは同じ人。赤蜂の乱のとき、長田大主の妹の真乙姥が美崎御嶽で飲まず食わずで航海安全を祈願していた。真乙姥は毎日祈り続けて餓死寸前だった。その時、多田屋のブナリという女の人がお神酒などを作ってきたり、栄養をつけて励ましたので、真乙姥は無事に務めを果たし、おかげで船も無事帰還した。王府は祈りの中からそれだけのことをしたということで、真乙姥に大阿母の神職の位を与えようとしたが、真乙姥は、「これは私の力ではない。平得の多田屋のブナリがこれだけやってくれたから果たせたので、その位は多田屋のブナリにあげてください」と頼んだ。その後、安南からの穀物が運ばれてくる時に、多田浜で、多田屋のブナリが祈願したので、無事穀物がついた。今でも平得で毎年1月の十五日に種取り祭というのがあるけれど、昔は、司は三十人いたのだが、種取り行事になるとずらっと行列してね、ユーンカイというのがあるのだけど、多田浜に下りてお祈りした。現在でもこの行事はやっている。でも昔のように村から供物をたくさん出してということはない。

再生時間:7:28

民話詳細DATA

レコード番号 47O341244
CD番号 47O34C096
決定題名 大阿母御嶽(共通語)
話者がつけた題名 平得の御嶽の話
話者名 田本浩
話者名かな たもとひろし
生年月日 19240726
性別
出身地 沖縄県石垣市字平得
記録日 19980314
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石垣市平得 T75 A05
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 大阿母御嶽,池城御嶽,宇部御嶽,多田御嶽,平得,結願祭,村,供物,祀っていた,神様,ホールザーオン,赤蜂の乱,長田大主,妹,真乙姥,美崎御嶽,航海安全,祈願,餓死寸前,多田屋のブナリ,お神酒,栄養,無事,王府,神職の位,安南,穀物,多田浜,一月十五日,種取り祭,ユーンカイ
梗概(こうがい) 大阿母御嶽、池城御嶽、宇部御嶽、多田御嶽の四つの御嶽が平得の主な御嶽で、昔は、結願祭のときなどは村から供物を出して祀っていた。この四つの御願のうちで、本当の神様を祀っているのは池城御嶽ひとつである。多田御嶽とホールザーオン(大阿母御嶽)に祀られているのは同じ人。赤蜂の乱のとき、長田大主の妹の真乙姥が美崎御嶽で飲まず食わずで航海安全を祈願していた。真乙姥は毎日祈り続けて餓死寸前だった。その時、多田屋のブナリという女の人がお神酒などを作ってきたり、栄養をつけて励ましたので、真乙姥は無事に務めを果たし、おかげで船も無事帰還した。王府は祈りの中からそれだけのことをしたということで、真乙姥に大阿母の神職の位を与えようとしたが、真乙姥は、「これは私の力ではない。平得の多田屋のブナリがこれだけやってくれたから果たせたので、その位は多田屋のブナリにあげてください」と頼んだ。その後、安南からの穀物が運ばれてくる時に、多田浜で、多田屋のブナリが祈願したので、無事穀物がついた。今でも平得で毎年1月の十五日に種取り祭というのがあるけれど、昔は、司は三十人いたのだが、種取り行事になるとずらっと行列してね、ユーンカイというのがあるのだけど、多田浜に下りてお祈りした。現在でもこの行事はやっている。でも昔のように村から供物をたくさん出してということはない。
全体の記録時間数 7:37
物語の時間数 7:28
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

トップに戻る

TOP