平得の宇里(おーりゃ)と言う屋号の家は由緒ある旧家です。その家に剛力な七人の兄弟がいたと。その人達は、この平得だけじゃなくて、この石垣島の競争ごとだとか、昔は若いのが集まって部落対抗の相撲大会だとか、あるいはまた遠征して沖縄辺りにも行ったとか、沖縄あたりからも宮古からも相撲を取りに来たとか島外試合なんかもあっただよね。そういう時に宇里家の七兄弟の一人が、「よし、じゃあもう自分がやる。」と言うことで、生竹を切ってきてね、みんな自分の手でこうくじいて破ったらみんな割れて柔らかくなるでしょ。これを帯にして相撲をとったと。そうすっと、他の島から勝負に来ておる人は、竹の帯だから握ろうにも、こう力強く握ったら手も傷もつくわけよね。そういうことからして、島外から来た力士は一人も、宇里(おーりゃ)の七人の兄弟に敵わなかったと。それで、あの時には石垣が相撲にも全県制覇さあな。もう一つはね、昔は人頭税時代で、那覇から来て人頭税の俵を納める所でね、俵を大きな船に積む作業だとかやってる時に役人が、「どれだけの俵を担ぎきる人がおったら、この人頭税を免除する。」とかあるいはまた、「担ぎきれた分はあんたに上げる。」とか言ったので、この剛力の七人の兄弟の一人がね、「じゃあ、お役人さんが言うのが本当でしたら、じゃあ僕がやって見せる。」と言ったら、どうせできないだろうとたかをくくって、「じゃあ、やってごらん。お前ができなかったら、こうだよ。」と言うと、その兄弟の一人は役人が示されただけの何俵かの俵を担いで船に積み込んだと。そういうことでまた役人は負けて、自分が言いだしたことだが、それを認めると立場がないので、こうしてね、土下座して謝ったという話もあるよ。また七人兄弟の一人が持ってきたという大きな石があるよ。力比べ石という大きな石が昭和の十七、八年か二十年ころまでこの広場にもあってね、夜は青年達が集まってきてこの石を担ぎ勝負したのもあるんだが、この石というのも宇里家の侍が持ってきた石じゃないよ。この宇里(おーりゃ)の兄弟が持ってきたという石は、山からこの石を担いで馬に乗って来てね、馬から下りた時にどんっとこの石を投げ落としたら石が割れたと。この割れた石は、今もハイヌフツ御願に祀られていて、宇里家(おーりゃけ)で今も拝んで祀られているよ。
| レコード番号 | 47O341242 |
|---|---|
| CD番号 | 47O34C096 |
| 決定題名 | 平得の七人兄弟(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 田本浩 |
| 話者名かな | たもとひろし |
| 生年月日 | 19240726 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県石垣市字平得 |
| 記録日 | 19980314 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 石垣市平得 T75 A03 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 平得,宇里,旧家,剛力,七人の兄弟,石垣島,競争ごと,部落対抗,相撲大会,沖縄,宮古,島外試合,生竹,帯,相撲,敵わなかった,人頭税時代,那覇,俵,役人,土下座,謝った,大きな石,力比べ石,馬,割れた,ハイヌフツ御願,祀られている |
| 梗概(こうがい) | 平得の宇里(おーりゃ)と言う屋号の家は由緒ある旧家です。その家に剛力な七人の兄弟がいたと。その人達は、この平得だけじゃなくて、この石垣島の競争ごとだとか、昔は若いのが集まって部落対抗の相撲大会だとか、あるいはまた遠征して沖縄辺りにも行ったとか、沖縄あたりからも宮古からも相撲を取りに来たとか島外試合なんかもあっただよね。そういう時に宇里家の七兄弟の一人が、「よし、じゃあもう自分がやる。」と言うことで、生竹を切ってきてね、みんな自分の手でこうくじいて破ったらみんな割れて柔らかくなるでしょ。これを帯にして相撲をとったと。そうすっと、他の島から勝負に来ておる人は、竹の帯だから握ろうにも、こう力強く握ったら手も傷もつくわけよね。そういうことからして、島外から来た力士は一人も、宇里(おーりゃ)の七人の兄弟に敵わなかったと。それで、あの時には石垣が相撲にも全県制覇さあな。もう一つはね、昔は人頭税時代で、那覇から来て人頭税の俵を納める所でね、俵を大きな船に積む作業だとかやってる時に役人が、「どれだけの俵を担ぎきる人がおったら、この人頭税を免除する。」とかあるいはまた、「担ぎきれた分はあんたに上げる。」とか言ったので、この剛力の七人の兄弟の一人がね、「じゃあ、お役人さんが言うのが本当でしたら、じゃあ僕がやって見せる。」と言ったら、どうせできないだろうとたかをくくって、「じゃあ、やってごらん。お前ができなかったら、こうだよ。」と言うと、その兄弟の一人は役人が示されただけの何俵かの俵を担いで船に積み込んだと。そういうことでまた役人は負けて、自分が言いだしたことだが、それを認めると立場がないので、こうしてね、土下座して謝ったという話もあるよ。また七人兄弟の一人が持ってきたという大きな石があるよ。力比べ石という大きな石が昭和の十七、八年か二十年ころまでこの広場にもあってね、夜は青年達が集まってきてこの石を担ぎ勝負したのもあるんだが、この石というのも宇里家の侍が持ってきた石じゃないよ。この宇里(おーりゃ)の兄弟が持ってきたという石は、山からこの石を担いで馬に乗って来てね、馬から下りた時にどんっとこの石を投げ落としたら石が割れたと。この割れた石は、今もハイヌフツ御願に祀られていて、宇里家(おーりゃけ)で今も拝んで祀られているよ。 |
| 全体の記録時間数 | 7:02 |
| 物語の時間数 | 6:20 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |