石垣集落が現在の位置にある訳(共通語)

概要

明治時代の頃、石垣島の人々は海岸沿いに住み、伝染病のマラリアから身を守っていた。戦後、マラリアが撲滅してから島のなかに開拓地ができた。まだマラリアが完全に撲滅していない時に大宜味あたりからホシノあたりに来た人はひどい目にあっている。カイナンもひどい目にあっている。読谷あたりから人が来た於茂登部落も全滅している。三百年前の頃の野底も全滅している。海岸線の部落も何度もマラリアでつぶれているが、それでも再び部落が作られたのは琉球政府の政策である。駕籠に乗った役人が島回りする時に、駕籠担ぎが可能な範囲に強制的に部落を使った。四箇から白保までは部落が転々とあった。その後のモリヤマが潰れた。次が桃里、そして伊野田、伊原間、平久保、野底、フカイ、川平、崎枝、名蔵まで続いた。この経路を駕籠が通れないと困るので、野底マーペの野底が潰れたときも、強制移民をして部落をつくった。駕籠を担ぐ人は農家の青年である。その者を駕籠夫(カゴブ)という。

再生時間:3:48

民話詳細DATA

レコード番号 47O341201
CD番号 47O34C093
決定題名 石垣集落が現在の位置にある訳(共通語)
話者がつけた題名
話者名 田本信精
話者名かな たもとしんせい
生年月日 19170919
性別
出身地 沖縄県石垣市字平得
記録日 19970912
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石垣市平得 T72 A06
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 明治時代,石垣島,海岸沿い,伝染病,マラリア,開拓地,大宜味,シノ,カイナン,読谷,於茂登部落,全滅,琉球政府,駕籠,役人,島回り,強制的,部落,四箇,白保,モリヤマ,桃里,伊野田,伊原間,平久保,野底,フカイ,川平,崎枝,名蔵,野底マーペ,強制移民,駕籠夫
梗概(こうがい) 明治時代の頃、石垣島の人々は海岸沿いに住み、伝染病のマラリアから身を守っていた。戦後、マラリアが撲滅してから島のなかに開拓地ができた。まだマラリアが完全に撲滅していない時に大宜味あたりからホシノあたりに来た人はひどい目にあっている。カイナンもひどい目にあっている。読谷あたりから人が来た於茂登部落も全滅している。三百年前の頃の野底も全滅している。海岸線の部落も何度もマラリアでつぶれているが、それでも再び部落が作られたのは琉球政府の政策である。駕籠に乗った役人が島回りする時に、駕籠担ぎが可能な範囲に強制的に部落を使った。四箇から白保までは部落が転々とあった。その後のモリヤマが潰れた。次が桃里、そして伊野田、伊原間、平久保、野底、フカイ、川平、崎枝、名蔵まで続いた。この経路を駕籠が通れないと困るので、野底マーペの野底が潰れたときも、強制移民をして部落をつくった。駕籠を担ぐ人は農家の青年である。その者を駕籠夫(カゴブ)という。
全体の記録時間数 4:24
物語の時間数 3:48
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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