真乙姥御嶽の真乙姥も人間でね、だからこの御願の後ろには威部(いび)っていうのがあるけどこれは墓なんだ。また、ここにある大阿母(ほーるざー)って言うのも多田ブナリの墓なんだ。この二つの御願は出来てまだ五百年にならない。平得の宇里(おーりゃー)の兄弟も墓が神として祀られている。だから、この真乙姥、多田遠那里(たーだぶなり)なども人間であったけども、その人間が神になっておる。だから、昔のオヤケ赤蜂時代には、四箇も平得も祀っている神というのはあまりなかったわけね。なぜ神になったかということなんだよな。これはなんでもない。あの当時のあの式でいけば、我々でも何かすれば神になれるわけ。真乙姥と姑乙姥姉妹の親の長田大主は首里王朝からの使いで、赤蜂を退治しに来たわけよね。姑乙姥が赤蜂の妻なったのは、長田大主がオヤケ赤蜂を退治するための策略結婚さ。「オヤケ赤蜂が生きていたら大変だ。」と姑乙姥に短刀を持たして、「あんたはオヤケ赤蜂の妻になって隙をみて殺してしまえ。」と言われたから、姑乙姥は最初殺すつもりでいたんだけど、赤蜂と夫婦になってみると、結局愛情というもの湧いてくるわけよね。だから殺せないでいる間に、長田大主の策略はばれたわけさ。赤蜂は、「そういうことだったのか。」と猛烈に怒って、それからオヤケ赤蜂と長田大主、宮古の豊見親なんかとの戦いが始まって、結局、赤蜂は長田大主に征伐されたと。この姑乙姥(こ い つば)の墓は親の言うことを聞かなかったとういうことで真乙姥御嶽の庭にあるでしょう。オヤケ赤蜂の乱の後だったかな、長田大主が首里に城のに行くとき、あの時分は船というのも馬艦船で、羅針盤も機械もない風まかせでしょ。だから、その当時は何のことに関しても祈ること以外何もなかったわけね。だから、真乙姥は、長田大主が無事に首里から帰れるように願をたてて岬の浜で寝食を忘れて餓死状態になるまで祈願していた。そういう時に平得の多田屋の遠那里(ぶなり)という人がこれを見て、「これは大変だ。」と自分でお粥を作ったり、御酒を作ったりしてね、この真乙姥にいろんな栄養を与えて願をさせた甲斐があって長田大主首里からのあれは無事に帰ってきたわけ。それで、首里王朝はこういう話を聞いてね、真乙姥に、「じゃ、あんたはこれだけの功績があるから、大阿母(ほーるざー)という位を与えよう。」と言ったわけ。真乙姥は、「いやいや、これはね、私は貰うもんじゃない。私がこういうこと出来たこともね、平得の多田屋の遠那里が、私を励ましてくれて、遠那里がいなければ私は死んだでしょう。その大阿母の位は、私に与えるんじゃなくて向こうに与えてください。」と言ったから、人命を救ったという功績で、多田屋の遠那里がその大阿母の位をもらった。多田屋の遠那里の墓はすぐそこにあって、これも神になったわけね。そしてその後、真乙姥は長田大主を助けて、オヤケ赤蜂を退治したり、いろんな功績があるということで、これまた祀られるようになったわけ。
| レコード番号 | 47O341154 |
|---|---|
| CD番号 | 47O34C090 |
| 決定題名 | 多田御嶽(共通語) |
| 話者がつけた題名 | 平得の御嶽 |
| 話者名 | 田本浩 |
| 話者名かな | たもとひろし |
| 生年月日 | 19240726 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県石垣市字平得 |
| 記録日 | 19970912 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 石垣市平得 T69 A04 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 真乙姥御嶽,真乙姥,御願,威部,墓,大阿母,ほーるざー,平得,宇里,おーりゃー,兄弟,神,祀られている,多田遠那里,人間,オヤケ赤蜂,姑乙姥,姉妹,長田大主,首里王朝,妻,策略結婚,短刀,宮古,豊見親,征伐,馬艦船,風まかせ,寝食を忘れて,祈願,お粥,御酒,甲斐,無事,功績,位 |
| 梗概(こうがい) | 真乙姥御嶽の真乙姥も人間でね、だからこの御願の後ろには威部(いび)っていうのがあるけどこれは墓なんだ。また、ここにある大阿母(ほーるざー)って言うのも多田ブナリの墓なんだ。この二つの御願は出来てまだ五百年にならない。平得の宇里(おーりゃー)の兄弟も墓が神として祀られている。だから、この真乙姥、多田遠那里(たーだぶなり)なども人間であったけども、その人間が神になっておる。だから、昔のオヤケ赤蜂時代には、四箇も平得も祀っている神というのはあまりなかったわけね。なぜ神になったかということなんだよな。これはなんでもない。あの当時のあの式でいけば、我々でも何かすれば神になれるわけ。真乙姥と姑乙姥姉妹の親の長田大主は首里王朝からの使いで、赤蜂を退治しに来たわけよね。姑乙姥が赤蜂の妻なったのは、長田大主がオヤケ赤蜂を退治するための策略結婚さ。「オヤケ赤蜂が生きていたら大変だ。」と姑乙姥に短刀を持たして、「あんたはオヤケ赤蜂の妻になって隙をみて殺してしまえ。」と言われたから、姑乙姥は最初殺すつもりでいたんだけど、赤蜂と夫婦になってみると、結局愛情というもの湧いてくるわけよね。だから殺せないでいる間に、長田大主の策略はばれたわけさ。赤蜂は、「そういうことだったのか。」と猛烈に怒って、それからオヤケ赤蜂と長田大主、宮古の豊見親なんかとの戦いが始まって、結局、赤蜂は長田大主に征伐されたと。この姑乙姥(こ い つば)の墓は親の言うことを聞かなかったとういうことで真乙姥御嶽の庭にあるでしょう。オヤケ赤蜂の乱の後だったかな、長田大主が首里に城のに行くとき、あの時分は船というのも馬艦船で、羅針盤も機械もない風まかせでしょ。だから、その当時は何のことに関しても祈ること以外何もなかったわけね。だから、真乙姥は、長田大主が無事に首里から帰れるように願をたてて岬の浜で寝食を忘れて餓死状態になるまで祈願していた。そういう時に平得の多田屋の遠那里(ぶなり)という人がこれを見て、「これは大変だ。」と自分でお粥を作ったり、御酒を作ったりしてね、この真乙姥にいろんな栄養を与えて願をさせた甲斐があって長田大主首里からのあれは無事に帰ってきたわけ。それで、首里王朝はこういう話を聞いてね、真乙姥に、「じゃ、あんたはこれだけの功績があるから、大阿母(ほーるざー)という位を与えよう。」と言ったわけ。真乙姥は、「いやいや、これはね、私は貰うもんじゃない。私がこういうこと出来たこともね、平得の多田屋の遠那里が、私を励ましてくれて、遠那里がいなければ私は死んだでしょう。その大阿母の位は、私に与えるんじゃなくて向こうに与えてください。」と言ったから、人命を救ったという功績で、多田屋の遠那里がその大阿母の位をもらった。多田屋の遠那里の墓はすぐそこにあって、これも神になったわけね。そしてその後、真乙姥は長田大主を助けて、オヤケ赤蜂を退治したり、いろんな功績があるということで、これまた祀られるようになったわけ。 |
| 全体の記録時間数 | 3:21 |
| 物語の時間数 | 3:21 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | ○ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |