現在の西表の鹿川(かのか)部落と古見(こみ)部落の中間頃に別れ浜という浜がありますよ。どうしてこれを別れ浜と付けたかという由来があるわけですね。鹿川にナサマーっていってですね、ものすごい美人の女がおったらしいですね。そして、古見には満慶というまあものすごい有名人がおって、そいで、その満慶は船大工専門だったわけですね。「古見にはこういう人がいらっしゃる。」「鹿川にはこういう女がいらっしゃる。」と言う噂を両方の人が聞いて、「いつか行って会ってみたいなあ。」と想いを寄せて、一人は古見から、一人は鹿川から出てきて、この浜がちょうど中間だから、この浜で会ってすれ違って行く時に、お互いが、「ああ確かにこの人じゃないかなあ。」と振り向いて話したら、やはりそうであった.。、そこで別れてまたもう鹿川と古見に帰るわけですね。そいで、この満慶がナサマーに結婚を申し込むわけですね。そのとき、ナサマーが条件付けするわけですよ。「じゃあ、自分は鹿川へ行って芭蕉を倒して糸を取って織物をし、その織物ができたら、それをこの浜に持って来るから、あんたは西表山から木を切って刳り舟を作ってこの浜に持って帰ってくるように。それが何日までに出来たら結婚しましょう。」と約束するらしいですね。それで、約束したから、満慶は山へ行って木を切り、それを焼いて刳り舟を作る。鹿川のナサマーは、織物作りをして、もうお互い両方でもう真剣にそれをやったんですね。この期限はまあ確かに二十日か一ヵ月か何日ではあったと思うんです。そして、その日にナサマーはもう時間通りに織物を持ってきたが、満慶は一時間も二時間も三時間も待っても来ない。その後で満慶も時間に遅れて刳り舟を作って乗ってきたらしいんですね。その満慶の刳り舟を調べたら、昔の刳り舟は何かアンカーのロープをつけるのでその穴をくりぶの穴と言ったかな、その穴が開いてなかったらしいですね。だからナサマーはもう因縁をつけてね、「もうあんたは、時間も遅れたし、こうこうでこの船の鼻の穴も開いてなかったし、あんたは自分の夫になる資格はない。」と言って断って、ナサマーはさっさと鹿川に帰ったらしいですね。そうすると満慶が諦めきれず何だかんだお願いして、ナサマーの後をついて歩いて行くわけですね。その途中の別れ浜まで、満慶は歩きながら竹を切って割り籠を作るわけですよ。それで、満慶が最後の竹を切って鹿川に着く頃までに、籠も完成し、ナサマーに、「もうこれは自分の形見として上げるから持って行きなさい。」と籠をナサマーに渡したらしいですね。ナサマーも快くこれを受け取って、「ありがとう。」と言って鹿川に帰ってから、その籠で水を汲んでみると水も漏らないぐらい上手に作ってあったらしいですね。だから、ナサマーは、「歩きつつ作った籠がこんなにすごいのだから自分はあの人と結婚すれば良かったなあ。」と後悔したみたいですね。それでも、その当時の人だから、「きっぱり断ったんだから、もうこれは仕方がない。」とそのまま結婚しないでおった。あるとき、ナマサーがその籠を持って畑へ芋を堀りに行って帰って来るとき、満潮のときに、岩の間を芋を入れた籠を頭に乗せて行くときに、その籠が上の岩についたのも分からないでいて、ナサマーはそこから落ちて死んだので、昔は、もうそこから先に行けないで戻る所はムドゥルーと言うので、今でもナサマームドゥルーという地名になっておりますよ。しかしその時に満慶の子供がその中に宿っていたみたいですから、ナマサーと満慶は二、三回は別れ浜に来て物語しとったみたいですね。
| レコード番号 | 47O340481 |
|---|---|
| CD番号 | 47O34C034 |
| 決定題名 | 西表の別れ浜(共通語) |
| 話者がつけた題名 | ナサマとミツケ |
| 話者名 | 嵩原徹 |
| 話者名かな | たけはらとおる |
| 生年月日 | 19200423 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県石垣市西表網取 |
| 記録日 | 19970913 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 石垣市字新川 T42 A06 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 本格昔話、 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 八重山諸島民話集 P158 |
| キーワード | 西表,鹿川部落,古見部落,別れ浜,ナサマー,美人,満慶,船大工,噂,結婚,芭蕉,糸,織物,刳り舟,約束,穴,割り籠,芋,死んだ,ムドゥルー |
| 梗概(こうがい) | 現在の西表の鹿川(かのか)部落と古見(こみ)部落の中間頃に別れ浜という浜がありますよ。どうしてこれを別れ浜と付けたかという由来があるわけですね。鹿川にナサマーっていってですね、ものすごい美人の女がおったらしいですね。そして、古見には満慶というまあものすごい有名人がおって、そいで、その満慶は船大工専門だったわけですね。「古見にはこういう人がいらっしゃる。」「鹿川にはこういう女がいらっしゃる。」と言う噂を両方の人が聞いて、「いつか行って会ってみたいなあ。」と想いを寄せて、一人は古見から、一人は鹿川から出てきて、この浜がちょうど中間だから、この浜で会ってすれ違って行く時に、お互いが、「ああ確かにこの人じゃないかなあ。」と振り向いて話したら、やはりそうであった.。、そこで別れてまたもう鹿川と古見に帰るわけですね。そいで、この満慶がナサマーに結婚を申し込むわけですね。そのとき、ナサマーが条件付けするわけですよ。「じゃあ、自分は鹿川へ行って芭蕉を倒して糸を取って織物をし、その織物ができたら、それをこの浜に持って来るから、あんたは西表山から木を切って刳り舟を作ってこの浜に持って帰ってくるように。それが何日までに出来たら結婚しましょう。」と約束するらしいですね。それで、約束したから、満慶は山へ行って木を切り、それを焼いて刳り舟を作る。鹿川のナサマーは、織物作りをして、もうお互い両方でもう真剣にそれをやったんですね。この期限はまあ確かに二十日か一ヵ月か何日ではあったと思うんです。そして、その日にナサマーはもう時間通りに織物を持ってきたが、満慶は一時間も二時間も三時間も待っても来ない。その後で満慶も時間に遅れて刳り舟を作って乗ってきたらしいんですね。その満慶の刳り舟を調べたら、昔の刳り舟は何かアンカーのロープをつけるのでその穴をくりぶの穴と言ったかな、その穴が開いてなかったらしいですね。だからナサマーはもう因縁をつけてね、「もうあんたは、時間も遅れたし、こうこうでこの船の鼻の穴も開いてなかったし、あんたは自分の夫になる資格はない。」と言って断って、ナサマーはさっさと鹿川に帰ったらしいですね。そうすると満慶が諦めきれず何だかんだお願いして、ナサマーの後をついて歩いて行くわけですね。その途中の別れ浜まで、満慶は歩きながら竹を切って割り籠を作るわけですよ。それで、満慶が最後の竹を切って鹿川に着く頃までに、籠も完成し、ナサマーに、「もうこれは自分の形見として上げるから持って行きなさい。」と籠をナサマーに渡したらしいですね。ナサマーも快くこれを受け取って、「ありがとう。」と言って鹿川に帰ってから、その籠で水を汲んでみると水も漏らないぐらい上手に作ってあったらしいですね。だから、ナサマーは、「歩きつつ作った籠がこんなにすごいのだから自分はあの人と結婚すれば良かったなあ。」と後悔したみたいですね。それでも、その当時の人だから、「きっぱり断ったんだから、もうこれは仕方がない。」とそのまま結婚しないでおった。あるとき、ナマサーがその籠を持って畑へ芋を堀りに行って帰って来るとき、満潮のときに、岩の間を芋を入れた籠を頭に乗せて行くときに、その籠が上の岩についたのも分からないでいて、ナサマーはそこから落ちて死んだので、昔は、もうそこから先に行けないで戻る所はムドゥルーと言うので、今でもナサマームドゥルーという地名になっておりますよ。しかしその時に満慶の子供がその中に宿っていたみたいですから、ナマサーと満慶は二、三回は別れ浜に来て物語しとったみたいですね。 |
| 全体の記録時間数 | 9:38 |
| 物語の時間数 | 7:02 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |