私は、先祖は慶来慶田城(けらい けだぐすく)が一番上さ。石垣には、慶来慶田城の子孫がたくさんおるよ。この私の名の用庸のように、名に「用」のつく人ははね、慶来慶田城の子孫で、その一門を錦芳氏(きんぽううじ)と言うさ。慶来慶田城の昔の名前は分からんけど、とにかくある人は西表(いりおもて)の外離(そとばなり)と言うところに住んでおったらしい。本拠地はそれで外離(そとばなり)だった。慶来慶田城は対岸の祖内(そない)にも家があって、外離(そとばなり)と祖内の間を行ったり来たりしていたそうです。だから、西表の島の大将は慶来慶田城で、このとき今は廃村みたいになっているけど、古見(こ み)が首里王府の西表支配の中心地だったらしい。それから石垣には長田大主(なーたふーじ)と言う人よね。川平(かびら)には仲間満慶(なかまみつけい)と言う方がいらっしゃった。それから、大浜(おおはま)にはオヤケ赤蜂て言うのがおってね、それから平久保(ひらく ぼ)には平久保加那按司(ひらく ぼか な あんじ)って言う豪雄がおった。その平久保加那按司が平久保を治めておったらしいが、この加那按司と言うのがあんまりこう悪いことばっかりするもんですから、慶来慶田城がわざわざ西表から遠征してきて加那按司を討ち取ったって言うお話があるわけですね。
| レコード番号 | 47O340995 |
|---|---|
| CD番号 | 47O34C075 |
| 決定題名 | 慶来慶田城(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 崎山用庸 |
| 話者名かな | さきやまようよう |
| 生年月日 | 19260113 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県石垣市字石垣 |
| 記録日 | 19980314 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 石垣市石垣 T30 A02 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 先祖,慶来慶田城,石垣,用,錦芳氏,西表,外離,そとばなり,祖内,古見,長田大主,川平,仲間満慶,大浜,オヤケ赤蜂,平久保,平久保加那按司 |
| 梗概(こうがい) | 私は、先祖は慶来慶田城(けらい けだぐすく)が一番上さ。石垣には、慶来慶田城の子孫がたくさんおるよ。この私の名の用庸のように、名に「用」のつく人ははね、慶来慶田城の子孫で、その一門を錦芳氏(きんぽううじ)と言うさ。慶来慶田城の昔の名前は分からんけど、とにかくある人は西表(いりおもて)の外離(そとばなり)と言うところに住んでおったらしい。本拠地はそれで外離(そとばなり)だった。慶来慶田城は対岸の祖内(そない)にも家があって、外離(そとばなり)と祖内の間を行ったり来たりしていたそうです。だから、西表の島の大将は慶来慶田城で、このとき今は廃村みたいになっているけど、古見(こ み)が首里王府の西表支配の中心地だったらしい。それから石垣には長田大主(なーたふーじ)と言う人よね。川平(かびら)には仲間満慶(なかまみつけい)と言う方がいらっしゃった。それから、大浜(おおはま)にはオヤケ赤蜂て言うのがおってね、それから平久保(ひらく ぼ)には平久保加那按司(ひらく ぼか な あんじ)って言う豪雄がおった。その平久保加那按司が平久保を治めておったらしいが、この加那按司と言うのがあんまりこう悪いことばっかりするもんですから、慶来慶田城がわざわざ西表から遠征してきて加那按司を討ち取ったって言うお話があるわけですね。 |
| 全体の記録時間数 | 2:43 |
| 物語の時間数 | 2:33 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |