明和の大津波(共通語)

概要

八重山(や え やま)では三〇〇年近く前に明和の大津波というのがあったんです。あのとき竹富島(たけとみじま)と石垣島(いしがきじま)の間はみんな潮引いたので珍しいから皆海の方に出て魚を取るとか、そういうことやっておるうちに今度は高い波がきたんです。そのとき竹富、西表、小浜、黒島(くろしま)なんかは、島の回りに珊瑚礁(り ー ふ)があるから、被害を受けていないんですね。白保は石垣島の南東の方ですがね、白保の珊瑚礁(り ー ふ)の間から上がった三回の津波は白保の後ろのカラ岳の近くを通って、バンナ岳と於茂登山の間を抜けて西の海の方の名蔵湾(なぐらわん)に抜けているんです。それからやはり宮良は宮良川のところで珊瑚礁(り ー ふ)が切れてますから、宮良川から上がった津波は、海の石をみんな白保の後ろのマトールてところまで持って行って、バンナと四箇の間を通って於茂登のこちらまで来ると、白保の辺りの後ろから上がったものと一緒に合流して島の西の方に抜けて行っています。そして、もう一つの津波は、大浜の前は大きな船は通らないけど、サバニなら通れるぐらいの珊瑚礁(り ー ふ)の切れ目があるから、津波は大浜から上がって行って、平真(へいしん)を通り過ぎて、石垣市の四か字の裏の方になる山手の方まで来た。また少し珊瑚礁(り ー ふ)の切れ目がある平真から来た津波は村の後ろを通って、石垣の前と後ろの方に分かれて、新川方面に行ってやはり西に抜けたということです。また、もう一つは、石垣と竹富島の間のところから津波が来て、私の家は石垣の宮鳥御願(みやとりうがん)の近くにあったんですが、私の西の家の曾祖父(ひいじい)さんは、家におられたら津波でもって家と一緒に西表の古見(こ み)まで持って行かれたが、命拾いして助かったんです。この津波でその前に移民した大浜(おおはま)、宮良(みやら)、白保(しらほ)なんかの部落は全部流されたんですね。平得(ひらえ)、真栄里(ま え ざと)は、聞いてはいないけれども、それも一緒だと思いますよ。その明和の大津波で皆すっかり亡くなったので、また、それぞれ大浜と白保は波照間(は てるま)からですね、移民させたんです。また宮良の方面も移民がありました。この明和の大津波のときに予言した人魚のお話は私はちょっと聞いていないですが、新城島(あらすくじま)では首里王に納める税金は人魚だったと聞いてるんですよ。

再生時間:8:00

民話詳細DATA

レコード番号 47O341076
CD番号 47O34C083
決定題名 明和の大津波(共通語)
話者がつけた題名
話者名 宮里英詳
話者名かな みやざとえいしょう
生年月日 19240131
性別
出身地 沖縄県石垣市字石垣
記録日 19980606
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石垣市石垣 T38 B02
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 八重山,明和の大津波,竹富島,石垣島,西表,小浜,黒島,珊瑚礁,白保,カラ岳,バンナ岳,於茂登山,名蔵湾,宮良,マトール,大浜,サバニ,平真,新川,宮鳥御願,古見,平得,真栄里,波照間,新城島,首里王,税金,人魚
梗概(こうがい) 八重山(や え やま)では三〇〇年近く前に明和の大津波というのがあったんです。あのとき竹富島(たけとみじま)と石垣島(いしがきじま)の間はみんな潮引いたので珍しいから皆海の方に出て魚を取るとか、そういうことやっておるうちに今度は高い波がきたんです。そのとき竹富、西表、小浜、黒島(くろしま)なんかは、島の回りに珊瑚礁(り ー ふ)があるから、被害を受けていないんですね。白保は石垣島の南東の方ですがね、白保の珊瑚礁(り ー ふ)の間から上がった三回の津波は白保の後ろのカラ岳の近くを通って、バンナ岳と於茂登山の間を抜けて西の海の方の名蔵湾(なぐらわん)に抜けているんです。それからやはり宮良は宮良川のところで珊瑚礁(り ー ふ)が切れてますから、宮良川から上がった津波は、海の石をみんな白保の後ろのマトールてところまで持って行って、バンナと四箇の間を通って於茂登のこちらまで来ると、白保の辺りの後ろから上がったものと一緒に合流して島の西の方に抜けて行っています。そして、もう一つの津波は、大浜の前は大きな船は通らないけど、サバニなら通れるぐらいの珊瑚礁(り ー ふ)の切れ目があるから、津波は大浜から上がって行って、平真(へいしん)を通り過ぎて、石垣市の四か字の裏の方になる山手の方まで来た。また少し珊瑚礁(り ー ふ)の切れ目がある平真から来た津波は村の後ろを通って、石垣の前と後ろの方に分かれて、新川方面に行ってやはり西に抜けたということです。また、もう一つは、石垣と竹富島の間のところから津波が来て、私の家は石垣の宮鳥御願(みやとりうがん)の近くにあったんですが、私の西の家の曾祖父(ひいじい)さんは、家におられたら津波でもって家と一緒に西表の古見(こ み)まで持って行かれたが、命拾いして助かったんです。この津波でその前に移民した大浜(おおはま)、宮良(みやら)、白保(しらほ)なんかの部落は全部流されたんですね。平得(ひらえ)、真栄里(ま え ざと)は、聞いてはいないけれども、それも一緒だと思いますよ。その明和の大津波で皆すっかり亡くなったので、また、それぞれ大浜と白保は波照間(は てるま)からですね、移民させたんです。また宮良の方面も移民がありました。この明和の大津波のときに予言した人魚のお話は私はちょっと聞いていないですが、新城島(あらすくじま)では首里王に納める税金は人魚だったと聞いてるんですよ。
全体の記録時間数 8:25
物語の時間数 8:00
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

トップに戻る

TOP