新城のザン捕り(共通語)

概要

昔は人頭税(にんとうぜい)って言う時代があったんですよね。人頭税は四八種類あったそうだ。これは宮古にはなかった物産税でね、生産のあるところを選んでその人頭税を課した。その一つに新城島はザンの肉を献上するようにと言う命令あったんですよね。新城は上島のパナリと下島のパナリと二つあったからパナリと呼んだんですね。その新城は上島と下島がそれぞれ別々の国を持っとってね、ザンがね、無事に捕れますようにと祈る御嶽もそれぞれにあったんじゃないかな。それで二つの島の人達は時期になるとね、船を二漕連らねて西表島の東海岸近くまで行ってね、あのころはご飯なんか食えんから、芋を丸く固めてね、それをアンツクの笊(ざる)に入れて持って行くんだよ。それを食べながら、ザンが食う海草の生えてあるところを調べてみてザン〔ジュゴン〕が食った跡があるとね、「ザンは来とるんだな。」と言うので、船は必ず旗頭があるから、その旗頭を翻して合図をして、青竹で一番強い網を作って持って行っているからね、その網を二つの船で張って待つわけですよ。そうやって待つ間に日にちが何日か経つとね、その持って行った芋の固まりのご飯にはカビが生えるとね、その分だけはすり落としてからね、水と一緒に飲んでから、ザンが入るのを待ったわけ。ザンはね、哺乳動物で前進することはするけれどもね、後退ができないんだね。だから網にぶつかったらね、必ずこう押すわけよね。そうすると船にはザンが入ったのがすぐ分かるわけよね。そしたらね、船の熟練した者が鉈(なた)を持って行ってね、後ろからそうっと回ってね、尻尾のところをね、こう切るわけですよ。切るとザンは驚いてピンっと跳ねるけど、その跳ねるときに尻尾が折れてしまうわけ。折れてしまうとね、ザンは向きを変えることができないから、持っとった人が縄で縛って船に引っ張りよった。そして島に持って帰るわけ。ザンを引いた船が島に着くと、ザンの料理をするわけですよ。その料理をするときにね、肉の部分と骨の部分とを切り離してね、肉の部分は塩漬けにして琉球王国にこれを送る。このザンは国王の食卓にものぼったし、中国本土からやって来た冊封使(さっぷうし)の接待にも使われた。それからね、安産の薬だとも言われておったと言う話ですね。このザンの肉は、元来がこの哺乳類で海生動物として一番おいしい物だそうです。だから、この肉は結局牛肉なんかに匹敵するのでしょうな。肉を取った骨はね、御嶽にみんな奉納して飾っておるって。だから、その御嶽にはザンの骨が終戦後まであったらしいんだがね、戦後に何か本土から来た商人たちが肥料の材料としてみんな買って持って行ったとか言うんだな。

再生時間:5:05

民話詳細DATA

レコード番号 47O340806
CD番号 47O34C061
決定題名 新城のザン捕り(共通語)
話者がつけた題名
話者名 牧野清
話者名かな まきのきよし
生年月日 19100519
性別
出身地 沖縄県石垣市字登野城
記録日 19970913
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石垣市登野城 T07 A02
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード ザン,ジュゴン,肉,首里,献上,人頭税,冊封使,御嶽,奉納,海生生物
梗概(こうがい) 昔は人頭税(にんとうぜい)って言う時代があったんですよね。人頭税は四八種類あったそうだ。これは宮古にはなかった物産税でね、生産のあるところを選んでその人頭税を課した。その一つに新城島はザンの肉を献上するようにと言う命令あったんですよね。新城は上島のパナリと下島のパナリと二つあったからパナリと呼んだんですね。その新城は上島と下島がそれぞれ別々の国を持っとってね、ザンがね、無事に捕れますようにと祈る御嶽もそれぞれにあったんじゃないかな。それで二つの島の人達は時期になるとね、船を二漕連らねて西表島の東海岸近くまで行ってね、あのころはご飯なんか食えんから、芋を丸く固めてね、それをアンツクの笊(ざる)に入れて持って行くんだよ。それを食べながら、ザンが食う海草の生えてあるところを調べてみてザン〔ジュゴン〕が食った跡があるとね、「ザンは来とるんだな。」と言うので、船は必ず旗頭があるから、その旗頭を翻して合図をして、青竹で一番強い網を作って持って行っているからね、その網を二つの船で張って待つわけですよ。そうやって待つ間に日にちが何日か経つとね、その持って行った芋の固まりのご飯にはカビが生えるとね、その分だけはすり落としてからね、水と一緒に飲んでから、ザンが入るのを待ったわけ。ザンはね、哺乳動物で前進することはするけれどもね、後退ができないんだね。だから網にぶつかったらね、必ずこう押すわけよね。そうすると船にはザンが入ったのがすぐ分かるわけよね。そしたらね、船の熟練した者が鉈(なた)を持って行ってね、後ろからそうっと回ってね、尻尾のところをね、こう切るわけですよ。切るとザンは驚いてピンっと跳ねるけど、その跳ねるときに尻尾が折れてしまうわけ。折れてしまうとね、ザンは向きを変えることができないから、持っとった人が縄で縛って船に引っ張りよった。そして島に持って帰るわけ。ザンを引いた船が島に着くと、ザンの料理をするわけですよ。その料理をするときにね、肉の部分と骨の部分とを切り離してね、肉の部分は塩漬けにして琉球王国にこれを送る。このザンは国王の食卓にものぼったし、中国本土からやって来た冊封使(さっぷうし)の接待にも使われた。それからね、安産の薬だとも言われておったと言う話ですね。このザンの肉は、元来がこの哺乳類で海生動物として一番おいしい物だそうです。だから、この肉は結局牛肉なんかに匹敵するのでしょうな。肉を取った骨はね、御嶽にみんな奉納して飾っておるって。だから、その御嶽にはザンの骨が終戦後まであったらしいんだがね、戦後に何か本土から来た商人たちが肥料の材料としてみんな買って持って行ったとか言うんだな。
全体の記録時間数 7:19
物語の時間数 5:05
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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