ハンナー主(共通語)

概要

ハンナー主は、八重山全部をこうやって統一する方なんで、こっちの役職では頭職の位よりも上の位の人で、その家がすぐそこの西の方の大川にあります。このハンナー主は、田んぼなどの領地もたくさん持ってる金持ちになるんですよね。今空港つくるとか言うあのカラ岳から東の方に行く伊原間のところに禿山があるんですよね。その後ろの方を昔は桃里(とうざと)と言ったけど今は大里(おおざと)と言いますが、その大里部落のすぐ手前の南側のところに、この人の三町歩ぐらいの大きな田んぼがあるんですね。これはその広い田んぼに一本の畦もない大きい田んぼです。ハンナー主の家には、やっぱり下男とかああいうような使っている人達がなんかたくさん居るわけですよ。それで、その大里(おおざと)の田んぼから思ったような収穫が上がらないから、「あれだけの田んぼからこれだけの収入が上がらなければならないのに、上がらない。」と思って下男達に、「お前たちはまだまだだ。もう一回行って耕して来い。」と言うと、「はい、終わりました。」と下男達は帰って来る。そう言っても、ハンナー主は、「いや、まだだ。」と行かしているわけですよ。ハンナー主はその田んぼの真ん中にこれぐらいの甕にお酒を入れてちゃんと封して、この大きい田んぼの真ん中のところにこれを埋めて隠してあるわけですよ。それで下男達が、「今日も田んぼは耕して来ました。」と言っても、「ううん、まだまだだ。」言うて行かすわけですよ。それである日そこまで行って耕していた下男達が何かにカカンと当たったもんだから、開けてみるとお酒だった。それでそのお酒を飲んで酔っぱらって家帰ってきてるわけですよね。そしたらハンナー主は、「なるほど、これならば間違いなくやってきた。」と分かったということだ。今はしかしこの大きな田んぼは、こう幾つもこう畦で区切られていますけどね。そのハンナー主は、どれだけお米の収穫があったかっちゅうと、昔は脱穀機がないもんだからね、刈った稲穂をそのまま積んでおくんですよね。それをシラと言います。そのシラが山のように積まれていて、その田んぼのすぐ近くにカラ岳ちゅう禿山があるから、「この山とあのシラとはどっちが大きいか。」というぐらいシラが高く積まれていたんです。そのハンナー主が亡くなったとき、大川の家からね、墓がある石城山まで昔の龕(がん)で担いで行ったんですよね。そのとき向こうの石城山のお墓までずっと白米を敷いて、その上を龕(がん)で運んだんです。それほど大きい力があったわけですよ。そのとき敷いたのが籾(もみ)だったらあっちこっちに生えて誰かの食料の糧にもなったんだろうけど、白米を敷いたので徳がなくなって、それからその家は栄えないんだと聞いた覚えがあるんですよね。だから、昔からの「耳切(みみち)り坊主(ぼうず)」の子守歌と同じようにね、道(みつ)ぬ美(かいしゃ)やハナヤヌ道(ぞう) 道(みつ)ぬ汚(やんしゅー)うがんやぬ道(ぞう)ということです。「ハナヤヌゾウ」の「ハナヤ」はハンナー主のことで、「ゾウ」は「道」ちゅうことです。これはずっと大川の宮良の道ちゅうことですよね。「ミツヌヤニシャーヤウンガンヤーヌゾウ」の「ヤニシャ」は汚れて汚いという意味で、「ウンガンヤ」は大川の西の道かな。学校に行く手前にずっと上に行って坂がありますけど、そこに昔の津波のあるところでしょう。その坂のちょっと上のところに、汚い歩けない道があって、それを言ってるんですよ。

再生時間:8:12

民話詳細DATA

レコード番号 47O340869
CD番号 47O34C067
決定題名 ハンナー主(共通語)
話者がつけた題名
話者名 慶田城安貞
話者名かな けだしろあんてい
生年月日 19170928
性別
出身地 沖縄県石垣市字登野城
記録日 19980908
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石垣市登野城 T11 A05-B01
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード ハンナー主,八重山,統一,頭職,大川,領地,金持ち,カラ岳,伊原間,禿山,桃里,大里,三町歩,田んぼ,下男,甕,お酒,隠して,酔っぱらって,収穫,シラ,墓,石城山,龕,白米,籾,徳,耳切(みみち)り坊主(ぼうず)」,子守歌,道(みつ)ぬ美(かいしゃ)やハナヤヌ道(ぞう),道(みつ)ぬ汚(やんしゅー)うがんやぬ道(ぞう),ハナヤヌゾウ,ハナヤ,ゾウ,道,ヤニシャ,汚い,ウンガンヤ」
梗概(こうがい) ハンナー主は、八重山全部をこうやって統一する方なんで、こっちの役職では頭職の位よりも上の位の人で、その家がすぐそこの西の方の大川にあります。このハンナー主は、田んぼなどの領地もたくさん持ってる金持ちになるんですよね。今空港つくるとか言うあのカラ岳から東の方に行く伊原間のところに禿山があるんですよね。その後ろの方を昔は桃里(とうざと)と言ったけど今は大里(おおざと)と言いますが、その大里部落のすぐ手前の南側のところに、この人の三町歩ぐらいの大きな田んぼがあるんですね。これはその広い田んぼに一本の畦もない大きい田んぼです。ハンナー主の家には、やっぱり下男とかああいうような使っている人達がなんかたくさん居るわけですよ。それで、その大里(おおざと)の田んぼから思ったような収穫が上がらないから、「あれだけの田んぼからこれだけの収入が上がらなければならないのに、上がらない。」と思って下男達に、「お前たちはまだまだだ。もう一回行って耕して来い。」と言うと、「はい、終わりました。」と下男達は帰って来る。そう言っても、ハンナー主は、「いや、まだだ。」と行かしているわけですよ。ハンナー主はその田んぼの真ん中にこれぐらいの甕にお酒を入れてちゃんと封して、この大きい田んぼの真ん中のところにこれを埋めて隠してあるわけですよ。それで下男達が、「今日も田んぼは耕して来ました。」と言っても、「ううん、まだまだだ。」言うて行かすわけですよ。それである日そこまで行って耕していた下男達が何かにカカンと当たったもんだから、開けてみるとお酒だった。それでそのお酒を飲んで酔っぱらって家帰ってきてるわけですよね。そしたらハンナー主は、「なるほど、これならば間違いなくやってきた。」と分かったということだ。今はしかしこの大きな田んぼは、こう幾つもこう畦で区切られていますけどね。そのハンナー主は、どれだけお米の収穫があったかっちゅうと、昔は脱穀機がないもんだからね、刈った稲穂をそのまま積んでおくんですよね。それをシラと言います。そのシラが山のように積まれていて、その田んぼのすぐ近くにカラ岳ちゅう禿山があるから、「この山とあのシラとはどっちが大きいか。」というぐらいシラが高く積まれていたんです。そのハンナー主が亡くなったとき、大川の家からね、墓がある石城山まで昔の龕(がん)で担いで行ったんですよね。そのとき向こうの石城山のお墓までずっと白米を敷いて、その上を龕(がん)で運んだんです。それほど大きい力があったわけですよ。そのとき敷いたのが籾(もみ)だったらあっちこっちに生えて誰かの食料の糧にもなったんだろうけど、白米を敷いたので徳がなくなって、それからその家は栄えないんだと聞いた覚えがあるんですよね。だから、昔からの「耳切(みみち)り坊主(ぼうず)」の子守歌と同じようにね、道(みつ)ぬ美(かいしゃ)やハナヤヌ道(ぞう) 道(みつ)ぬ汚(やんしゅー)うがんやぬ道(ぞう)ということです。「ハナヤヌゾウ」の「ハナヤ」はハンナー主のことで、「ゾウ」は「道」ちゅうことです。これはずっと大川の宮良の道ちゅうことですよね。「ミツヌヤニシャーヤウンガンヤーヌゾウ」の「ヤニシャ」は汚れて汚いという意味で、「ウンガンヤ」は大川の西の道かな。学校に行く手前にずっと上に行って坂がありますけど、そこに昔の津波のあるところでしょう。その坂のちょっと上のところに、汚い歩けない道があって、それを言ってるんですよ。
全体の記録時間数 11:18
物語の時間数 8:12
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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