吉屋チルー 身売り 死 御茶屋御殿(シマグチ)

概要

チルーは非常に貧乏人の娘であった。親が負債を支払うために、どうしてもお金が欲しいということで、チルーは中島か辻に売った。その途中で比謝橋を渡る時に、「恨む比謝橋や 誰がかきてぃうちゃが くぬ身渡すんでぃ かきてぃうちぇが」というような歌を詠んで渡った。だんだん遊女としても一流になり、首里の仲里御殿のウスメーと恋仲になったが、この人は昔の御殿殿内の子だから思いのままにならない。仲里王子はだんだん遠のいて行った。ウミチルを愛する気持ちはあるが、周囲にはばかって自由にできなかった。ある時、ジュリアンマーにとてもお金を持っている客が来て、チルーにその客を取らせた。その客は首里の念仏者の子であった。そのことを知ったチルーはそれを苦にして自殺してしまった。月日が経ち、仲里御殿の里主は王府の勤めをしていた。首里の崎山に、今でいう御茶屋御殿という別荘ができて、その名を何とつけたらいいかと考えたが、城内でもなかなか決まらなかった。仲里ウスメーが思案して、道の側で休んでいたら、厨子甕を持った男達が通った。そこで、チルーが詠った。仲里里主は「この歌はチルーの歌だ」と思った。その遺骨はチルーであった。チルーが死んで生まれ故郷に連れて行く途中であると男達は言う。そこで初めて仲里里主はチルーが死んだことを知った。チルーが詠った御茶屋御殿と名付けた。
その歌は「遊でぃうちゃがいる 御茶屋御殿」である。

再生時間:6:07

民話詳細DATA

レコード番号 47O416987
CD番号 47O41C365
決定題名 吉屋チルー 身売り 死 御茶屋御殿(シマグチ)
話者がつけた題名 吉屋チルー
話者名 宮里昌栄
話者名かな みやざとしょうえい
生年月日 19010310
性別
出身地 那覇市首里
記録日 19780811
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 宜野湾T06B15
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード チルー,貧乏人の娘,中島,辻,比謝橋,遊女,仲里御殿のウスメー,恋仲,ジュリアンマー,念仏者の子,首里の崎山,御茶屋御殿,厨子甕,遺骨
梗概(こうがい) チルーは非常に貧乏人の娘であった。親が負債を支払うために、どうしてもお金が欲しいということで、チルーは中島か辻に売った。その途中で比謝橋を渡る時に、「恨む比謝橋や 誰がかきてぃうちゃが くぬ身渡すんでぃ かきてぃうちぇが」というような歌を詠んで渡った。だんだん遊女としても一流になり、首里の仲里御殿のウスメーと恋仲になったが、この人は昔の御殿殿内の子だから思いのままにならない。仲里王子はだんだん遠のいて行った。ウミチルを愛する気持ちはあるが、周囲にはばかって自由にできなかった。ある時、ジュリアンマーにとてもお金を持っている客が来て、チルーにその客を取らせた。その客は首里の念仏者の子であった。そのことを知ったチルーはそれを苦にして自殺してしまった。月日が経ち、仲里御殿の里主は王府の勤めをしていた。首里の崎山に、今でいう御茶屋御殿という別荘ができて、その名を何とつけたらいいかと考えたが、城内でもなかなか決まらなかった。仲里ウスメーが思案して、道の側で休んでいたら、厨子甕を持った男達が通った。そこで、チルーが詠った。仲里里主は「この歌はチルーの歌だ」と思った。その遺骨はチルーであった。チルーが死んで生まれ故郷に連れて行く途中であると男達は言う。そこで初めて仲里里主はチルーが死んだことを知った。チルーが詠った御茶屋御殿と名付けた。 その歌は「遊でぃうちゃがいる 御茶屋御殿」である。
全体の記録時間数 6:37
物語の時間数 6:07
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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