「岩石鉱物」は、古くから私達、人類にとって、大変身近な存在でした。
道端や河原、海岸に転がっている石ころ、島々や地層を構成する岩石や化石、ガジュマルに抱かれた石灰岩、石炭等の化石燃料や、金や銅等の金属資源、煌びやかに輝く宝石、誕生石やパワーストーン、石器、石積み、壁材や墓石に用いられる石材等々・・・。人によって思い描く「石」のイメージは実に様々です。
それだけ「岩石鉱物」は、古くから私達、人類にとって、大変身近な存在だったことが考えられます。何気に道端に転がっている石ころには、多くの人は注目しないかもしれません。
しかし、そのような石ころにも、そこに存在するまでの大きなストーリーが隠れています。宇宙や地球の活動は原子を作り、それらが規則正しく結びついて鉱物を作ります。さらに鉱物が集まって岩石を作ります。そして岩石鉱物は大地を構成し、その上に生きる生命の基盤となります。
そして人類は岩石鉱物を古くから実に様々な形で利活用してきました。「岩石鉱物」は自然にとっても人類にとっても大変重要な存在なのです。
草木の根に抱かれた琉球石灰岩(豊見城市渡嘉敷)
琉球石灰岩の大地は、生態系の基盤となっている。
琉球列島の島じまは、東西約1,000km、南北約400kmの広大な海域に点在します。そのため、ひと言で美しい亜熱帯の島といっても、それぞれの島の成り立ちは少しずつ異なり、島を構成する岩石や島の地形も少しずつ異なります。島々を旅行する時、少しだけ目線を変えて、島を形作る岩石や地形にも目を向けて見ると、島々の新たな魅力がみつかるかもしれません。
琉球列島海底地形図 GeoMapAppにより作成
地球上には約5400種(2017年現在)という実に様々な鉱物が存在します。それらが集まって様々な岩石となります。それぞれの岩石鉱物には特有の特徴があり、その特徴は成り立ちによって異なります。そのため、岩石鉱物を詳しく観察し、調べることで、岩石鉱物やそれらが構成する大地の成り立ちが明らかになるのです。沖縄の島々の岩石鉱物は、島々の成り立ちを語ってくれます。
北大東島の石灰岩(ドロマイト)沖縄県立博物館・美術館所蔵
4800万年前、赤道近くで誕生した海山がプレート運動とともに北上、その上に成長したサンゴ礁が元になって形成された岩石。現在、約2000mの深海からそびえ立った石灰岩の山の山頂だけが海上に出て大東島を形成している。
私たち人類が古くから岩石を使って作り、利用してきたものの一つに石器があります。沖縄には、良質な石器になるような石材は、チャートぐらいしかなく、他には比較的固い砂岩や緑色岩類などが利用されています。チャートは限られた島にしかありません。また砂岩も緑色岩類の分布も複数ありますが限られています。石器の石質を詳しく調べることで、その石器がどこの島で作られ、石器が見つかった遺跡との関係から、昔の人がどのように移動していたか推測できる可能性があります。
また沖縄県内には産出しない良質な黒曜石やヒスイから作られた石器や勾玉や、滑石製の石鍋が沖縄県内の遺跡から見つかっています。なぜでしょうか。黒曜石や滑石は九州のものであることが、ヒスイは新潟県糸魚川市産のものであることが分かりました。これらの遺物は、遠く離れた地から海を渡って沖縄にやってきたのです。つまり古くから人の交流があったことを黒曜石やヒスイ、滑石製の遺物が教えてくれるのです。
石器(沖縄島産) ヒスイの原石(糸魚川産)
沖縄県立博物館・美術館所蔵
沖縄県のいろいろな島を歩いていると、様々な石からできたものを見ることができます。まず目につくのが、住居のまわりに積まれた石垣です。一見すると、どの島も同じような石積みのようですが、よく見ると積み方が違っていたり、積まれているいる岩石の種類が少しずつ違っていることに気付きます。それぞれの島にある石や石が少ない島ではサンゴなどを利用して石垣が作られています。石垣を作る岩石から、島の地質や自然の一面を知ることができます。
慶留間島(サンゴ) 伊計島(琉球石灰岩、粟石) 伊是名島(サンゴ、チャート)
久高島(琉球石灰岩) 野甫島(粟石) 大神島(琉球石灰岩、砂岩)
渡名喜島(サンゴ、石灰岩) 座間味島(ビーチロック、緑色岩、砂岩) 西表島(サンゴ、砂岩)
また人間が生きるために必要な水を蓄える容器として、島の石を使っている例もあります。粟国島の凝灰角礫岩を使ったトゥージや、与那国島の砂岩を使った石たらいなどです。
粟国島の凝灰角礫岩で作られた石水槽(トゥージ)
与那国島の民家に残る現地の砂岩(八重山層群)で作られた巨大な水瓶
首里城の石垣をはじめ、円覚寺の放生橋、玉陵、金城町の石畳など、那覇市首里の町には「石」でできた文化財が多くみられます。これらの石は大きく3つの地域から持ち込まれていることが石質からわかっています。一つは沖縄県の島じまで見られる琉球石灰岩やニービフニと呼ばれる小禄砂岩からなる石、二つ目は鹿児島県から持ち込まれた火山に関係した黒っぽい石、3つ目は遠く中国福建省からやってきた「青石(ちんしい)」と呼ばれる緑がかった石です。それらが作られた年代を調べていくと、作られた当時、関係の深かった国や地域などが見えてきます。
沖縄県の石に指定された琉球石灰岩は、県土の3割を占め県内に広く分布しています。そのため、県内の各地で石垣や石畳の他、石たらいや、フール(昔のトイレ)など様々なものに加工され使われています。
琉球石灰岩の岩盤と勝連グスクの石積み(琉球石灰岩)
世持橋勾欄羽目(小禄砂岩中のニービノフニ)
沖縄県立博物館・美術館所蔵(10周年特別展)
中城御殿の石灯籠(九州の溶結凝灰岩)
沖縄県立博物館・美術館所蔵(屋外展示中)
旧円覚寺放生橋欄干獅子(中国産の青石)
沖縄県立博物館・美術館所蔵(常設展示中)
また地域に残る石碑の石材も注意深く見ると、その地域の歴史が見えてきます。下の写真は座間味島に残る石碑です。石質は溶結凝灰岩が使用されています。石碑が作られた当時は、鰹漁がさかんで交流のあった九州(地元の人によると宮崎)から石が運ばれてきたと推測できます。
座間味村役場前の石碑(九州の溶結凝灰岩)
歴史とともに石造文化財を見ていくと、それだけで時代の移り変わりを石が語ってくれます。この機会に、島々を作る岩石鉱物や、身近なところにある石に目を向け、地域の歴史や文化、島の地史について考えてみませんか。
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